簾内 千代治

簾内千代治 すのうちちよじ(1898~1961)旧鷹巣町


 

大正十五年に発行された「北秋田の歴史児童読物」全五集の復刻版が昨年発刊され、大きな反響を呼んでいる。その第一集「五義民」は享保年間における坊沢村の様子と百姓一揆の経緯をまのあたりに見るように叙述したすばらしい作品である。その作者が当時の若き教師簾内千代治である。

千代治は明治三十一年六月、七座村今泉、簾内茂七郎の長男として生まれる。

大正五年、鷹巣農林学校を卒業、一年志願兵として弘前に入隊するが病気のため帰郷、七座小学校の代用教員となる。大正九年からは正教員として、木戸石、上杉、坊沢、川口の各小学校を歴任、昭和六年退職する。

教員としての彼は、大変な読書家で、哲学、教育学、その他広く読み進歩的な人であった。彼の指導技術は抜群で、どこの学校でもよく子供たちにしたわれ、今七十歳以上になっている教え子達は「簾内先生の歴史もの語りが面白くて、よくせがんで聞いたものだ」となつかしそうに語っている。

教員退職後、大館で労働新聞「大館日日新聞」を発行するが資金が続かず一年余で廃刊、その後は県の職業課に入る。

昭和二十二年から二十八年までは大館、山形、秋田労働基準監督署長、停年後、同三十二年四月まで秋田労災病院(大館市)事務局長をつとめ、昭和三十六年、六十四歳で亡くなる。

妻マスさんは「いつも本に囲まれ、本を読んでいる人であった。戦事中、警察が来て本を持って行った時はこわかった」と、末娘の史子さんは「父は絵が好きで、ときどき写生旅行につれていってもらったことが楽しかった」と、生前の思い出を語っていた。

(資料:「七座郷土史」、妻・マス、二女・史子、木戸石小時代の教え子・長崎久一氏談)

この記事を見た方はこんな記事も見ています

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です